「地域支えあいフォーラム」での地域福祉委員会の発表

7月20日(土)13時から「地域支えあいフォーラム」が春日文化ホールで開催されました。このフォーラムの活動報告で地域福祉委員会の河南好美さんに発表していただきました。発表内容は以下の通り。
おおじ創生会議の地域福祉委員会が2016年5月に発足し、自治協議会の縦の組織構成とまちづくり委員会の横の構成と、それに加え前自治会長と現自治会長も入った体制となっている説明をされ、委員会の進行方法、議事録作成による情報伝達の徹底等の委員会内容を話されました。2017年後半からは社会福祉協議会の提案もあり、2018年には各自治会の活動を知るアンケートを提出していただき、困り事や課題などを知ることができました。その中で老人クラブの方々と話し合いを持つと、運営に苦慮されておられ老々介護ならぬ老々運営のようでした。私たち福祉委員会としてお手伝いができることが沢山あることもわかり、7月10日には介護教室に協力しチラシ作りやイベント案内等を行い、多くの方に参加していただきました。
今後は高齢者の課題だけでなくコミュニティスクールやたんば塾等の子供たちの事も含め、地域全体が楽しく参加できる環境や雰囲気づくり、思いやりのある関係が作り出せるコミュニケーションの手法があるように思います。
以上のような内容を発表していただきました。河南好美さん大変ご苦労様でした。

合同ラジオ体操

7月20日(土)に、大路地区合同ラジオ体操が大路小学校で行われました。あいにくの天候で体育館での実施とはなりましたが、沢山の皆様に集まって頂き、いい汗が流せたと思います。子供達にとっても長い夏休みの始まりであり、梅雨があければ暑い日々がやってきます。地域の皆様が毎日を健康で暮らして頂けるように、今後も体育振興会で活動をしていきたいと思います。(体育振興会 細見)

第2回都会の方たちとの交流会

7月15日(月・祝)は第2回目の大路地区のみなさんと都会の方たちとの交流会を実施しました。大阪からお越しいただいた19名の主な方は、「くいだおれ」の役員でもあり「太郎カンパニー」の柿木社長夫妻と「ビットデザインスタジオ」の藤田社長夫妻、「スタジオグラフイー」プロカメラマンの林さん、「キャニオンスパイス」の堺専務、「グランフロント大阪TMO」のイベントスペースオペレーションセンターの真鍋夫妻など数多くの方に来ていただきました。そして東京からは「食・プランニングりんごの絆」を経営されている山本シェフ。近畿圏では近畿農政局の関主任農政推進官、「神戸茅葺きネットワーク」の大前代表理事、「BE KOBE」で都心三宮再整備課用地係の乾様、「わかさ生活」の角谷財団 鍬田代表理事と多彩な顔ぶれの方に来ていただきました。一方こちらからは、石川県会議員夫妻、谷口丹波市長、丹波市役所農林担当部長、農業振興課長、小橋・近藤両市会議員等、全員で60名余りの参加者で開催できました。最初はお互いどういう方が来られているかわからないので、堅ぐるしくない気軽な雰囲気で進めることができました。
最初に全員でスイトコーンの収穫作業で近くの圃場に行き、長靴姿で約400本収穫をしました。初めての方もおられ生でも食べられ甘くて美味しいスイトコーンをもぎながら楽しみました。食事はスイトコーン・おにぎり・カレー・トマト・きゅうり・ロコモコを食べ、交流会では柿木社長より大阪から参加してもらっている主な方の紹介をしていただきました。一方、こちら側は石川県議による紹介で大前さんから茅葺きの話をしてもらい、また、わかさ生活の鍬田さんからも話をしていただき一部が終了。 このあたりから名刺交換も盛んに行われました。

ここで帰る方も多かったのですが、二部では、「カンナンファーム」の見学、野瀬のヤギの放牧見学やプリンの試食、炭焼き窯の見学、「やまひで」ではちみつや猪肉の話をお聞きして終了しました。
私たちがこのようなイベントを催しているのは、今の大路地域が老齢化(丹波市でワースト2)、空き家増加、農地の荒廃化を危惧して、国が推奨している「農泊」の制度に乗って行こうとしているためです。一度に最終目標までは無理ですが、都市からの移住(特に農業女子)が増え、子どもの増加と農地の維持が保たれるようになるには都市の方たちの力が必要です。幸いに大路地域には豊かな自然(三尾山等)や人情味のある人たちが多く住んでいます。この魅力に気付いていただいて一歩一歩交流を深めながら進めて行きたいと思います。そして、その機運は育ちつつあります。今後とも大路地区に足を運んでいただき、共に楽しく未来に明るさを見出せるように、くじけず前向きに進んで行きたいと思っております。
今回も多くの方(裏方・応援の方を含め)にご協力・ご支援をいただき有意義な交流会ができました事、心から感謝いたします。

 

のこぎり山開発隊の永祐寺と鹿場薬師堂及び流泉寺への歴史探訪

今回の「のこぎりやま開発隊」は赤井幸家とゆかり深いを7月13日(土)に行いました。
今回の参加者は23名と若干少なめでしたが、初めての方も3名(うち一人は福知山市)参加していただきました。三尾荘に朝9時30分に集合し、まずは東中にある永祐寺へ車で移動。ここには赤井幸家の位牌がありました。住職さんにお聞きすると、以前、温泉近くに住んでおられた近藤さんという方が、この地を離れ大阪に移られるときに菩提寺である永祐寺に持ってこられ、祀ってほしいと言われたそうです。その他いろいろとおもしろい(?)お話しもお聞きして、次は鹿場公民館のすぐ近くにある薬師堂へ徒歩で進みました。途中すこし雨がぱらつきましたが傘をさすほどではなく農道をハイキングできました。鹿場薬師堂では赤井幸家の内室のお墓がここに祀られています。しかし、お墓と言っても丸い大きめの石があるだけで、とてもお墓のようには見えませんでした。その後、内室が住んでいたという所(今は畑)を通り、旧道をハイキングして国領の流泉寺に到着。住職さんは残念ながら法事があったので、代わって細見さん(前寺総代)の方から流泉寺について説明を受けました。ここには赤井幸家の墓碑があり、今年2月に行った弘誓寺にある同じ戒名の墓碑がありました。それぞれ詳しい説明を受けましたが、細見さんは「質問は一切受け付けない」と冗談を交えながら質問に答えていました。また、初めて参加の方の中にかなり歴史に詳しい方がおられ、こちらもいい勉強ができました。
今回も全員がこんな身近に赤井家に関する所があるなんて、と改めて知ると同時に「来てよかった」との声が聞こえていました。
ここで、少し遅いお昼を済ませ解散となりました。
次回は検討中ですが、あの明智光秀が攻め落とした八上城「高城山」(460m)に行ってみてはと思っています。ここの城主波多野秀治と直接ではないのですが、下三井庄の深尾須磨子とも繋がるように聞いています。いろいろと面白いこともあるようです。

 

4月28日の金山城への登山動画の配信

過日4月28日の三山のろし上げのイベントの「のろし」イベント動画の配信されています。
下記のとおり県民局からお知らせいただきました。

山内一晃 様
メールにて失礼致します。
平素より県政の推進に格別のご理解とご協力を賜り、厚くお礼申し上げます。
金山登山イベントの開催にあたりましては、大変お世話になり、ありがとうございました。
本日、丹波篠山市視聴覚ライブラリー制作「丹波篠山まるいのTV」6月号による、
「のろし」イベント動画の配信が始まりました。
大路地区の皆様にも、ご覧いただけましたら幸いです。
まずは取り急ぎ、お礼かたがた、ご報告させていただきます。

(全26分間のうち、2分50秒頃から17分20秒頃までが「のろし」特集です)

https://www.youtube.com/watch?v=0gvn_yMwlZU

 

金山城跡に登山

今回4月28日(日)に「丹波地域ビジョン委員会」が計画された三山(金山城跡・黒井城跡・八上城跡)に登山して、同時にのろしを上げて “つながる”イベントに「のこぎり山開発隊」は金山城跡に30名の参加で登山しました。
三尾荘に朝7時半に集合し、6台の車に分乗し栗柄峠経由で集合場所の追入神社へ到着。金山城への登山者は全員で90名。3班体制に分かれ登山。「のこぎり山開発隊」の30名は2班となりました。すると、案内役のスタッフの方が大路小学校に5年ほど前におられた高橋元校長先生でした。知っている方も多かったり高橋先生も大変喜ばれて、先生の先導で8時30分に出発。
前日は寒い日だったのですが、今日だけが晴れの天候に恵まれ少し暖かくなりました。
金山城は三尾山より少し低い540m。しかし、登山道はよく整備され想像していたよりも楽に登れました。
まず着いたのは「鬼の架け橋」。実際に見て、よくこんなところに岩が架かったなぁということ。全員での集合写真を収め、続いていよいよ金山城跡へ。
到着が予定よりも少し早かったので、昼食タイム。そして、周りを見渡すと北に黒井城跡、東側には八上城跡が肉眼で見える。また、その間に三尾山も目の前に見える。さすが光秀もこの場所を選んだわけに納得する。全てが見渡せ動きが把握できる。
いよいよ三山一斉ののろし上げが11時から時間厳守で始まる。これまで2回この日のために試しのろしをされたらしいが、いづれも失敗!さて、どうなるか。
のろし上げの専用火薬が竹筒に収められ、点火!竹筒先から赤い煙がモクモクと上がる。上げながら「黒井城は?」「八上城は?」という掛け声。と、見える!見える!と多くの方からの声。肉眼で見えるなんて信じられない。涙が出る~!と驚きのスタッフさんたちの声と共にみんなで拍手!
無事、三山とものろし上げが成功しました。何より準備されていたスタッフさんたちは感動そのものでした。ほんとによかったですね!そして、最初から一緒に登山していただいた篠山市会議員の栗柄の恒田さんは到る所で法螺貝を吹いていただき雰囲気が出ました。お忙しいところ本当にありがとうございました。
また、ドローンでの映像もありますのでDVDも作っていただき次の機会に流したいと思います。
下山後、昭和のトンネル内で西田夫佐さんによるコンサート。トンネル内なので音響効果がすばらしく、また夫佐さんの高音と聞きやすい声、そして進行司会のうまさで、共に歌ったり手先で表現したりする遊びをしながら聞きほれておられました。でも少しトンネル内は寒くなってきていましたね。
とにかく今日は天候にも恵まれ朝から充実した一日でした。のろしも楽しめましたし、コンサートもほんとによかった!今回も来てよかった!また、みんなで楽しもうとの声があちこちから聞こえてきました。
黒井城跡も多くの人出やいろいろな催し物で賑わっていたようです。八上城跡も賑わっていたと聞きました。それぞれの関係者から大路の「のこぎり山開発隊」に対してお礼のお言葉も聞いています。これからも丹波市や丹波篠山市そして福知山市も含め広範囲の丹波市から大河ドラマ「麒麟がくる」のNHKに対しアピールして、ドラマ最後の数分間に放映がある中に流していただければと思います。
参加していただいたみなさんありがとうございました。

三尾山登山と弘誓寺への歴史探訪

三尾山への登山及び弘誓寺への歴史探訪を2月23日(土)に行いました。
今回の参加者は46名(うち篠山市から5名、大路以外から4名)。内登山者は31名。登山せずに直接弘誓寺への参加者は15名でした。
三尾荘に朝9時に集合し、登山の方は9時30分に中山から出発。風は冷たかったが晴天に恵まれ登山日和になりました。今回は、丹波市長の谷口市長さまにもお声をお掛けし一緒に登山を楽しむことができました。三尾山では前三尾の眺望を楽しみ、そして中三尾を通り本丸があった三尾城跡へ進んだ。休憩も入れながら続いて佐中峠を下り、佐中ダムへと降りて行った。ここまでの所要時間はスローペースで約3時間かかった。そして、迎えの車で弘誓寺まで送ってもらう。
一方、登山せずにドライブコースで行く方は三尾荘に10時集合。時間に余裕があったので、出発前に黒井城主の赤井直正(悪右衛門)の実弟、赤井幸家が築いた城が三尾城であることや、その赤井幸家のお墓や位牌、涅槃図等が祀られている話をしながら事前学習をしました。その、勉強もよかったのですが、それより15名の方同士が顔は見覚えがあっても、どこの誰かわからない人も多く、改めて様々なことがわかり、お互いに「よかったね!」との声が出ていました。
そして、旧西紀町にある山号:三尾山弘誓寺で合流しお寺についてお話を聞こうと思っていたが、本日は住職さんが法事のためお留守とのこと。そこで前もってお願いしていた元高校の校長先生で西紀の宮田生まれの久下先生に歴史的な事や地理的な事、お墓の場所そして本堂の内部にある重要な位牌や涅槃図等についても詳しく説明をしていただいた。全員、すごいお寺だったと改めて知ると同時に「来てよかった」との声が聞こえていた。
少し遅いお昼を済ませ、全員お迎えの車で三尾荘に戻り解散となる。
今回も楽しく山登りができ、楽しい時間が過ごせたことが一番でした。
次回は、計画中ですが、あの明智光秀が当時氷上郡と多紀郡を分断するため、多紀八上に拠った波多野氏への応援を遮断するとともに、第一次の丹波攻めの際に苦汁をなめた赤井一族へ報復する執念に燃えて築いたのが金山城と言われています。ここに行こうと思います。ここからは、黒井城・三尾城・八上城が見えると聞いています。

三尾山の登山と弘(ぐ)誓寺(ぜいじ)(旧西紀町上板井)への歴史探訪のご案内

大路地区自治協議会「地域振興委員会」(のこぎり山開発隊)の今回の行事は三尾山と弘誓寺への探索を行います。
黒井城主の赤井(荻野)直正は有名ですが、その実弟、赤井幸家(よしいえ)が築いた城が三尾城です。そして、旧西紀町にある山号:三尾山弘誓寺も赤井幸家により再建された古刹です。直正が病死したあと、甥の直義を後見して黒井城を固め幸家は明智軍と対峙しました。天正七年(1579)、明智軍の攻撃によって三尾城は落ち、黒井城も落城、赤井一族は四散しています。
観音信仰の厚かった幸家は弘誓寺に隠遁しますが、明智軍に追われ京都伏見へ逃げています。しかし、縁がある弘誓寺へ戻ってきて余生を送り、71才で生涯を終えました。今も弘誓寺には幸家が寄進したという涅槃図、三尾城中で祀っていたという大日如来座像が伝存し、境内の墓地の一角に幸家の法名”孤舶釣月…”墓碑が残され、位牌もあります。
赤井幸家は俳優の赤井英和氏の母方の直系の先祖にあたります。
興味のある方は是非参加してください。
◎開催日: 2月23日(土) 1ルート 午前9時集合、2ルート 午前10時集合
◎集合場所: 三尾荘 (小雨決行)
◎参加料: 400円/人
 昼食はおにぎりとお茶を用意します。
◎2つのルートを設けます。
1ルート・・・三尾山登山し弘誓寺へ
2ルート・・・三尾荘から車で直接弘誓寺へ(登山の方たちと12時頃に寺で合流します。)
◎その他: 各自の責任においてご参加ください。
◎参加連絡・お問い合わせ: 三尾荘 電話:0795-75-1777(月・水・金 9時~17時)
E-mail:mitsuosou@tamba.tv
または大路地区各自治会長までお願いします。
2月13日(水)までに名前、連絡先、ルートを申し出てください。 多少遅れても大丈夫。
今回も多くのご参加をお待ちしています。
初めての方大歓迎!
前回の参加者は42名でした。

新春交流会を開催

新春交流会
新春交流会を1月27日(日)に開催いたしました。鬼頭副市長、石川県議、小橋市議をはじめ8名のご来賓のご臨席のもと、80名強の参加者が集まり、平成31年の幕開け「新春交流会」を開催いたしました。
12時45分から新春にふさわしい3名による日本舞踊に始まり、会長・ご来賓のあいさつの後、まず自治協議会の地域振興委員会、地域福祉委員会、地域交流委員会の活動の取組み、続いて農泊推進事業、大路みそ、元町マルシェなどの活動報告がありました。発表の最後は、大路小学校6年生が足立先生のご指導のもと、「ふるさと大路の未来についてプレゼンしよう」と題して、それぞれ4グル-プに別れて調べたことや、大人の皆さんに取り入れて欲しい提案などを発表してくれました。それぞれなかなか力のこもった勉強ぶりで、豊かなこどもたちの心や発想力には感心させられ、全国で話題になっているユルキャラにちなんだ「みつおおじ」の登場にはどっと感嘆の声が上がりました。大路地区自治協議会では、こうした子どもと共に歩むまちづくりを大切にし、出来るかぎり日頃の活動に取り入れていきたいとの感想があちこちで聞かれました。最後は有志の皆さんによる「ぜんざい」を皆さんに食べていただきました。日頃の活動やまた今年の抱負が語られるなど和やかな交流で楽しく充実した1日を終えることができました。
ありがとうございました。        

神池寺への登山と歴史探訪

神池寺への登山及び歴史探訪を12月1日(土)に行いました。
今回の参加者は42名。内女性は15名。三春峠から尾根伝いに歩き、万歩計では神池寺まで約1万歩、その後の神池寺から下三井庄まで4500歩を走破しました。前日の下見を兼ねた男性ばかりの5名では2時間20分かかったが、当日は2時間ほどで予想より早く到着することができました。
神池寺という名前は、この伝説の舞台となった「澄まずの池」に由来する。この池が、山頂近くにありながら、どんな大雨でも日照りでも枯れることがない、という不思議な池であることから、「神の池の寺」と付けられたという。
紅葉の美しい晩秋の日、ご住職の荒樋榮晋師にお寺に伝わる伝説の概要を教えていただいた。「澄まずの池」は、境内の伽藍(がらん)からはやや離れたところにある。池の背後には昭和10(1935)年ごろに建てられた明治神宮の遥拝所(ようはいじょ)がある。池の水は当日は時間や季節のためか、ややどす黒く感じられた。深さはかなりあるようで、50年ほど前に底をさらったことがあったが、すり鉢状に泥がたまっていて、棒を刺しても底には届かなかったという。
「澄まずの池」伝説を紹介した文献の多くは、鐘突きに来た小僧さんをねらって、澄まずの池から大蛇が登場したとする。しかしご住職の話では、大蛇は鐘楼の背後にある山から出てきたという。たしかに実際の伽藍配置から見ると、こちらの方がよく合う。また、伝説の結末もお寺では、僧侶の法力によって大蛇が竜になって昇天した、としている。
当日、参加された方々のFBからコメントを引用します。
「のこぎり山開発隊 三春峠から神池寺トレッキングでした。総勢42人の参加で、39人が歩きました。女性の方も多く山もカラフルになり、楽しく歩く事ができました。私が小学生の頃、神池寺はとても賑やかで8月26日はお祭りがあり、芝居や山伏の火渡り、盆踊りがあり楽しみにしていたのを思い出します。”肩きり地蔵さん”、”大蛇と澄まずの池”の話もあり、話題も盛りだくさんです。当時の住職さんは大路中学校の先生で、毎日歩いて通っておられました。神池寺は50の御堂があり、200程の宿坊があったとも言われています。明智光秀が丹波責めの時に焼き払ったと言われ大河ドラマでも出てくるかも です。夏椿や紅葉もありいつでも楽しめる所です。」

「今日から天台宗全国一斉托鉢でご多忙の中、荒樋ご住職のお話も拝聴させていただきました。こどもらが小学校の頃紙芝居クラブで語っていた「澄まずの池」懐かしいげなげなばなしを思い出しました(^^)
帰りは、下三井庄へと下り、ちょうどよい運動になりました。
皆さん、ご健脚、素晴らしい!!

「歩き易い道でしたので何とか皆さんに付いて歩く事が出来ました。
神池寺でのお坊さんのお話は砕けたお話しをしてくださったので、疲れた身体が睡魔に襲われる事も無く。いただいたおにぎりは美味しいいこと(╹◡╹)
楽しい時間でした。」

とにかく、全員楽しく山登りを楽しめたことが一番でした。